【書籍レビュー】鈴木敏夫 / 禅とジブリ
鈴木敏夫(著
禅とジブリ
『禅とジブリ』は、ジブリ作品の解説書ではありません。
また、禅をわかりやすく教える入門書でもない。
この本で鈴木敏夫さんが語っているのは、「どう生き、どうつくり、どう迷い続けるか」という、極めて実践的な思想です。
鈴木さんは、スタジオジブリのプロデューサーとして、宮﨑駿・高畑勲という強烈な創作者と長年仕事をしてきました。
その現場で向き合い続けてきたのが、「答えの出ない問い」と「割り切れない現実」です。
本書は、その経験を“禅”という視点で振り返った記録でもあります。
本書で語られる禅は、修行や宗教的教義としての禅ではありません。
むしろ、
「すぐに意味を求めないこと」
「白黒をつけたがらないこと」
「わからなさと一緒に生きること」
として描かれます。
ジブリ作品が、多くを説明しすぎない理由。
登場人物の感情や行動に、明確な“正解”が示されない理由。
それらはすべて、世界はそもそも複雑で、簡単に整理できるものではない、という認識に立っているからだと鈴木さんは語ります。
禅的とは、“理解する前に、まず受け取る”態度なのかもしれません。
ジブリの現場では、計画通りに進まないことが当たり前のように起きます。
宮﨑駿が描いては壊し、また描き直す。
完成が見えないまま、手を動かし続ける。
鈴木さんは、その姿を「非効率」とは呼びません。
むしろ、迷い続けること自体が創作の本質だと捉えています。
禅の世界では、答えを外に求めるのではなく、問いと共に座り続けることが重んじられます。
この姿勢は、創作だけでなく、仕事や人生にもそのまま重なります。
すぐに成果を出すこと、明確な正解を示すことが求められる現代において、「立ち止まり、わからなさを抱え続ける」という態度は、ときに不安を伴います。
それでも鈴木さんは、その不安の中にこそ、本物の思考と表現が育つと語ります。
本書を通して一貫しているのは、人生を整えすぎないことへの肯定 です。
効率、合理性、正解。
それらが悪いわけではないけれど、それだけでは人は生ききれない。
ジブリ作品に登場する人物たちは、完璧ではなく、迷い、失敗し、立ち止まります。
それでも前に進む姿に、私たちはなぜか安心を覚える。
それはきっと、自分自身もまた、同じように揺れながら生きているから。
禅の思想は、その揺れを否定せず、「それでいい」と受け止めます。
『禅とジブリ』は、答えを教えてくれる本ではありません。
けれど、答えを急がなくてもいいという安心 を与えてくれる本です。
仕事に迷っているとき。生き方に名前をつけたくなったとき。
静かな場所で、ゆっくりページをめくりたくなる一冊。
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