【書籍レビュー】斎藤 幸平+松本卓也 / コモンの「自治」論
斎藤 幸平+松本卓也(編
コモンの「自治」論
戦争、インフレ、気候危機、格差の拡大。
本書が前提とするのは、「人新世」の複合危機に直面した私たちの現在地です。資本主義と民主主義がともに行き詰まり、国も個人も「生き残り」のための競争に追われるなかで、社会は分断され、共通の基盤が壊れている――そうした認識から議論は始まります。
ここで鍵となるのが「コモン(共有財・公共財)」という考え方です。
環境、インフラ、公共サービス、地域コミュニティなど、本来は私たちが共同で支え、共同で享受するはずのものたち。その多くが市場原理や国家の都合に委ねられ、人びとの参加や責任感、当事者意識が削がれてきた――本書はその流れを「コモンの破壊」として捉えます。
編著者の斎藤幸平さん・松本卓也さんを中心に、政治学者、文化人類学者、自治体首長、社会学者、歴史学者など、異なる分野の論者が集い、「いま、なぜ〈コモン〉の『自治』なのか?」を多角的に問い直す構成になっています。
本書の特徴は、「自治」という言葉を抽象的に語るのでなく、具体的な現場から立ち上げている点です。大学という場で、「自治」が制度疲労や管理強化によって揺らいでいる現状。個人商店やローカルな店が、「ともに生きる拠点」としてコミュニティの結節点になり得る可能性。ケアや福祉を、「行政サービス」ではなく〈コモン〉として捉え直すミュニシパリズム(自治体レベルの政治)の試み。市民科学や精神医療、食と農の現場から見える、「当事者が決める」という実践。
それぞれの章は、違う領域を扱いながらも、共通して次のような姿勢を示しています。
・上から与えられた制度に従うだけでなく、
・現場の人々が状況を観察し、
・自らルールや運営を組み替えていく。
つまり、「自治」とは特別な場で行う政治活動ではなく、生活の足元から〈コモン〉をどう扱うかを決めていく営みそのものだと浮かび上がります。
本書の「おわりに」では、「どろくさく、面倒で、ややこしい『自治』のために」という言葉が掲げられます。
自治とは、効率の良い“解決策”ではなく、むしろ手間と時間のかかるプロセスです。意見が食い違い、利害が衝突し、合意に至るまでに何度も立ち止まる――その煩わしさを避けてきた結果、私たちは「誰かが決めたルールに従うだけ」のあり方に慣れてしまったのかもしれません。
だからこそ本書は、「自治」を希望の言葉として語ります。破壊されたコモンを再生し、その管理に市民が参加していくこと。自治体、大学、店、畑、ケアの現場といった身近な場所から、決め方そのものを考え直すこと。
その積み重ねが、「崖っぷちの資本主義と民主主義」を更新する力になるのだと、静かに主張します。
読後に残るのは、「社会をよくしたい」という大きな理想よりも、
・自分の暮らすまちで何がコモンになり得るか
・自分が関わる場の“決め方”はどうなっているか
・そこで、もう少しだけ自分が参加できる余白はないか
といった、小さな問いです。その問いを持ち続ける人が増えることこそが、「コモンの『自治』」を育てる第一歩なのだと感じさせてくれる一冊です。
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